大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和44年(オ)531号 判決

上告人

中村美津

代理人

小薬正一

柏崎正一

被上告人

株式会社日本スタデオ

代理人

鈴木秀雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小薬正一、同柏崎正一の上告理由について。

上告人は、訴外株式会社天宝堂の取締役および代表取締役に就任した旨の登記につき、承諾を与えたとする原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができ、本件記録に徴すれば、右認定判断の過程に弁論主義や経験則の違背など所論の違法を見出だすことはできない。

ところで、原審の確定した事実によれば、上告人の取締役への就任は、右会社の創立総会または株主総会の決議に基づくものではなく、まつたく名目上のものにすぎなかつたというのである。このような場合においては、上告人が同会社の取締役として登記されていても、本来は、商法二六六条ノ三第一項にいう取締役には当たらないというべきである。けだし、同条項にいう取締役とは、創立総会または株主総会において選任された取締役をいうのであつて、そのような取締役でなければ、取締役としての権利を有し、義務を負うことがないからである。

商法一四条は、「故意又ハ過失ニ因リ不実ノ事項ヲ登記シタル者ハ其ノ事項ノ不実ナルコトヲ以テ善意ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ズ」と規定するところ、同条にいう「不実ノ事項ヲ登記シタル者」とは、当該登記を申請した商人(登記申請権者)をさすものと解すべきことは論旨のいうとおりであるが、その不実の登記事項が株式会社の取締役への就任であり、かつ、その就任の登記につき取締役とされた本人が承諾を与えたのであれば、同人もまた不実の登記の出現に加功したものというべく、したがつて、同人に対する関係においても、当該事項の登記を申請した商人に対する関係におけると同様、善意の第三者を保護する必要があるから、同条の規定を類推適用して、取締役として就任の登記をされた当該本人も、同人に故意または過失があるかぎり、当該登記事項の不実なことをもつて善意の第三者に対抗することができないものと解するのを相当とする。

上告人が前記訴外会社の取締役に就任した旨の登記につき、同人が承諾を与えたことは、前示のとおりであり、同人が右登記事項の不実であることを少なくとも過失によつて知らなかつたことは原審の適法に確定するところであるから、同人は、右登記事項の不実であること、換言すれば同人が同訴外会社の取締役でないことをもつて善意の第三者である被上告人に対抗することができず、その結果として、原審の確定した事実関係のもとにおいては、上告人は被上告人に対し同法二六六条ノ三にいう取締役としての責任を免れ得ないものというべきである。

原判示中には右と見解を異にする部分もあるが、上告人の同条に定める責任を肯定した原判決の結論は正当として首肯することができる。原判決にはその結論に影響を及ぼすべき所論の違法はなきに帰し、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官岩田誠の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

裁判官岩田誠の反対意見は、次のとおりである。

私は、商法二六六条ノ三第一項の規定は取締役の特殊の不法行為責任を規定したものであり、右規定により取締役が損害賠償の責に任ずるのは、第三者に与えたいわゆる直接損害に限るのであつて、いわゆる間接損害にはおよばないものと解する。その理由は、昭和三九年(オ)第一一七五号同四四年一一月二六日大法廷判決民集二三巻一一号二一八二頁以下に示した私の意見を参照されたい。

ところで、被上告人の主位的請求は、訴外株式会社天宝堂の代表取締役として登記された上告人に対し、商法二六六条ノ三第一項の規定により、いわゆる間接損害の賠償を請求するものであることは、記録上明らかであり、原審が右請求を正当と認めこれを認容すべきものと判断したことは原判文上明らかである。しかしながら、私見によれば、前示のように、取締役は右規定によつてはいわゆる間接損害につき賠償の責に任じないものと解すべきであるから、原判決には、右規定を誤つて解釈適用した違法があるものというべきであり、原判決は論旨の当否を判断するまでもなく破棄を免れず、右請求は棄却されるのを相当と思料する。

(下田武三 岩田誠 大隅健一郎 藤林益三 岸盛一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例